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休止中

 2017年の明けましておめでとうございますです。

 更新止まったままだけど、まだまだ生きてるよ(笑)

http://h.ten-t.net/article/407600587.html

↑ 休止の理由。

 いや、どのページを開いても、トップのこれが毎回出てくるので、検索から来てくれた人には鬱陶しすぎるかなと思って(^_^;

 昨年は微塵も進展なく終わってしまいました(^_^;

 あ、漫画雑誌の発売日はそこそこ更新してたんですよ?ただ、最近は忙しくて読む暇がないので、雑誌が貯まる一方で、発売日シリーズは削除しようと考えてたり。

 それでもまだまだやる気だけはある(笑)

 今年こそは片を付けたいなぁ…。

2017年01月06日

2013年06月03日 21:41

「コメントされたくなければ公開するな」 ←これを伝家の宝刀だと思ってる馬鹿どもへ

カテゴリ:妄想哲学

 mixiで日記書いてると、必ずこの言葉を吐きながら沸いてくるキチガイ。
 向こうの日記にも書いたんだけど、ブログなんかにも通じるので、こちらにも転載しておく。


以下、mixi日記の転載


 はぁ・・・
 なんか最近、立て続けにこの言葉をちらつかせて得意気に語ってくるキチガイ沸いてくるなぁ…。

 日記に対しての反論にすらなってないようなデタラメなコメントばかり書いてくるから適当にあしらってたら、「嫌なら公開すんなよ、ウッキーーッ(怒)」なんてヒステリー起こして、ちんけな捨て台詞だけ残して逃げていくし。
 挙げ句の果てに、自分の日記で悪口書いてマイミクに慰めてもらってる姿なんて、もう哀れで仕方ないんで、とりあえずこの言葉に対する反論記事だけ書いとくわ。



 コメントは好きに書け。


 あのな?ワシも遠慮無く、耳が痛くて人が聞きたがらないようなことを好き勝手に書いてる以上、反論や叩きがあることぐらい想像できるし覚悟の上よ。
 それこそ公開どうこう以前に、そういうのが嫌なら書き方選べよって話になんだろうが。

 「表現の自由」がある以上、別に人様の日記だろうと好き勝手に書けば良い。

 でも一つ覚えとけ。

 「表現の自由」とは、受け手にそれを受け入れる義務がないことが前提だ。
 なんで「公開=すべての意見を友好的に受け止めるべき」と考えてんのか知らんが、そんな義務は一切ないし、お前のコメントに反論したり叩いたりシカトしたり削除したりの権利がこっちにはあるんだよ。

 それこそ、

 邪険に扱われたくなければ稚拙な反論コメントなんかすんな

 だ。


 で、なんか毎回毎回違う奴が書いてるはずなのに、不思議と言うことが同じなんだよな。

 その一つに、やたらと強盗だの泥棒だのに例えて、「入られたくなければ鍵かけろよ」みたいなことを言う。
 それでなんで得意気になれるのかが不思議。

 これで鬼の首取ったつもりでいる馬鹿は、たぶん強盗に入ったら住人たちは怯えて逃げ惑うのが当然と考えてるんだろうな。


 なんで、そこにヤクザが住んでる可能性は考えないわけ?

 チャカや日本刀持って逆に襲ってくる可能性は考えられないわけ?



 そりゃ、鍵開けたままだと不用心だけど、だからといって勝手に侵入してきた人間に、しかも庭先で唾吐くようなゴミに友好的に接する馬鹿はいないよね?
 普通はバットでぶん殴るかして、つまみ出すだろ?

 自分ちである以上、鍵をかけてないからと言って権利を放棄したわけでもないし、その中にそいつの存在を許すかどうかの決定権はこっちにあるわけ。

 だから、お前らの理屈はぜんぜん自分を正当化できていないって事。
 そもそも自分を強盗やら空き巣みたいな犯罪者に例えてる時点で、自分の方に非があるって認めてるようなもんじゃねえか。本末転倒だわ(笑)

 例え苦情を言うにしても、人様のうちに行くときは、まず玄関先でインターホン鳴らして挨拶して名乗った上で、順を追っていくのが普通だわな?
 いきなり扉蹴り開けて、唾吐きまくったあげくに殴りかかってきたら、ボコられても文句言えんだろ?
 そんな非常識な人間に、なんかルールっぽいこと説かれても、なんの説得力も無いわ。


 完全な悪意だけの荒らし目的の奴はまだ良いんだけど、一番タチが悪いのが元病人とかで、なんか立ち直った経験から自分はすごい人間だと勘違いしてる馬鹿。

 有識者だから自分が書いたことは"どんな書き方"だろうと正しく、コメントされた方は感謝して友好的な返事を書くべし!とでも思っているのか、ホントに言葉を選ばないクズばかり。

 どこぞの薬剤師だの、不妊治療に苦しんだだのと、知ったこっちゃ無いが、これも同じ理由で取捨選択権がこちらにある以上、ワシが気に入らなければぶちのめしますよ?
 礼儀も守らず、訊いてもいないことを偉そうにペラペラ並べ立てただけで、人から尊敬されると思ったら大間違いだ。

 こういう善人気取りもただの荒らしも、「公開している以上、叩かれる覚悟をするべきだ」と同じ事を言うから笑っちゃうね。


 うん、覚悟はあるから好きに書き込めよ。遠慮無く削除するから。
 図星を指摘されて赤面しながら必死に自分を正当化しようと書いた長文を、ボタン一つで削除してやるって気持ち良いよね(笑) 
 なんか思いついたら反論するなり叩くなりしてやろう。

 同じく共通するのが、削除したり、ペチペチ叩いてやったりしてると、今度はアク禁を促すような台詞を吐いてくる。
 引く引けない状態から解放されたくて口実が欲しいんだろうけど、やだよ、面倒臭い。
 ボタン一つで消せるのに、なんでわざわざアク禁にしなきゃならんの?

 嫌ならテメエでテメエのコメント消して、尻尾巻いて逃げろや。

 と、そんなこんなのやり取りをしていたら、最後は「あなたの日記なんだから、お好きにどうぞ」とか言ってくる。


 ダカラ最初カラ好キニシテンダロウガ!!!


 公開するなら云々って話はな、mixiができたてのころの何年も前にさんざん使い古されたもんなんだよ。
 今さらそんなものが盾になると思って振りかざすのは、大変恥ずかしいことなのでやめておこうね?(にやにや)


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2013年05月07日 19:00

「潜在意識は変化を嫌う」 五月病は防衛本能?

カテゴリ:妄想哲学

『独りの期間を長く過ごすと、自分の24時間の中に他人を受け入れられるスペースがなくなる。
 だから私は、失恋してもすぐに次の相手を見つけるようにしている』


 潜在意識の話とどう関係があるんじゃい!?と思うかもしれませんが、以前の職場で後輩が言っていた台詞です(^_^;
 関係なさそうに見えて、カンで潜在意識の存在を知っているかのような、絶妙な台詞なんですね。

 人は何かをしようと決意しても、十中八九、挫折します。
 これはなぜか?

 それについて書いてみましょう。


潜在意識は変化する遺伝子のようなもの

 人の身体は怪我をしても、よほどのことが無い限り、元の形に戻ろうとしますよね。
 人それぞれ、顔形、身長、各パーツの位置、細かい部分で違いはあっても、一目で人間だと分かる形をしています。

 これは遺伝子に記録されている設計図に沿って作られているからですよね。
 例えばどんなに意識上、空を飛びたいと思っても翼が生えたりしないのは、人の身体の構造はこの遺伝子に支配されているからです。

 潜在意識はこれに似ていて、人の精神、もっと言えば自律神経と言った身体の機能も、すべて潜在意識は支配しています。

 顕在意識(表層意識)でどんなに「こうしよう!」と思ったところで、潜在意識にないことはできないようになっています。

 それがどういう影響を与えるのか?


最大の目的は個体の生存

 ここでタイトルにもした「潜在意識は変化を嫌う」というのが出てきます。

 潜在意識の最もたる目的は「生存」

 だから「今まで生き延びてこられた方法」を維持しようとします。

 潜在意識には時間の概念がないですから、その生き方で、例えこの先破滅に向かうことになろうと、それで今まで生きてこられたなら維持しようとします。
 絶対的な保守派と言えるでしょうね。

 新しい世界に足を踏み入れるというのは、同時にどんなことが起こるか分からないと言うことであり、それに自分が対応できるかどうかも未知。
 つまり、場合によっては命を危険にさらすことでもあるんですね。

 だから潜在意識は変化を嫌い、環境や習慣を変えようとすると「不快感」という形で抵抗をします。


挫折は防衛本能

 人は不快感を覚えると、それを排除したがります。
 でも、環境や習慣を変えることに不快感を覚えているわけですから、さらに新しいものを取り込むということにはなりません。
 では何が起こるのか?

 環境や習慣を変えなくて良い、言い分けを探し始めるわけです。

 すでに変えてしまっていて元に戻れないなら、それまで経験したことで一番楽な方法を選ぶような言い分けを探し始めます。

 これがまたやっかいで、例え今までが健在意識的に辛いものであっても、その環境や習慣で「今まで生き延びてこられた」なら、潜在意識はそれを維持しようとします。
 顕在意識がどれほどそれから解放されたくても、その新しい方法を取り入れた方がもっと環境が良くなると分かっていても、時間の概念がない潜在意識には関係ありません。

 だから人は挫折して当たり前なんですよ。
 そして、何かを始めるときこそ、最もパワーが必要になるわけです。


 よく成功者に話を聞いてみると、常人では考えられないスケジュールをこなしていることが多いです。
 なのに、常人が「すごいですね〜」と言ってみても、本人は「大したことないですよ」と言ってのけますよね。
 あれは別に謙遜してるとかじゃなくて、すでにそういう環境・習慣になっているから、それを常人と同じに変化させることが不快感になるからです。

 車が動き出すのに一番馬力がいるのは動き始めで、後は慣性で動きます。
 それと同じように、成功者のようにすでに動き始めている環境・習慣を維持することは、もう何の苦でもなくなってるわけですね。

 だから、成功者より何かを始めた人の方が、実は「すごい人」ということになるんですよ。


「努力」とは必要なことを習慣化するまでの課程を言う

 実はこの潜在意識、絶対変わらない頑固一徹かというと違うようで、実は少しずつの変化には適応していくという、ある意味お馬鹿な面があります(笑)

 頭ごなしに抑え付けようとしてもそれ以上の抵抗をしてきますが、潜在意識の主張を認めて上げて、「うんうん、嫌だよね?それは分かる。でも、ほんのちょっとだけ、これだけやってみようか?そしたら、ご褒美あげる」みたいな感じで、少しずつ誤魔化していくと、あ〜ら不思議、今度はそちらを「生き延びられる方法」と勘違いして維持しようとするんですね。

 これって何かに似てませんか?
 小さい子を諭すときに使う手ですね(^_^;

 まあ、当たり前っちゃ当たり前で、顕在意識が未熟でほぼ本能で締めてるような幼児を相手に、理屈で抑え込むなんて無理も良いところです。
 だからこそ「餓鬼」と鬼の名で呼ばれて恐れられてるわけですから(^_^;

 大人だろうと子供だろうと、潜在意識に支配されている以上、やり方は同じ。
 だからこそ、「まず自分にできるところから始めよう」と言われているわけですし、必要なことを習慣化するまでの課程を努力と呼び、そして努力は必ず完了させないといけないものです。
 そして、それまで潜在意識からの不快感を踏ん張り、場合によってコントロールすることを「頑張る」と言います。

 ビジネスの世界では「我慢や努力ばかり続けている人に成功者はいない」という言葉がありますが、続けていると言うことは全然習慣化されていないわけで、自分に合わない無駄なことをしている可能性の方が大きいからです。

 努力は完了させないといけないもので、だからこそ努力は「続ける」とは言わず、一つ一つ完了したものを「積み重ねる」と言うわけです。

 少し話がズレますが、「成功するまで努力を"続けなさい"」と言う人は、あまり努力をよく分かっていなくて、その人自身、うだつのあがらない人生を送っていることが多いようです。


 さて、ではどれほどで習慣化するもんなんでしょうね?


五月病もダイエット失敗も不登校もニートも引きこもりも…

 習慣化が始まるのに早くで21日、3週間と言われているようです。
 3週間続ければ、とりあえず「頑張ろう」と思う度合いが軽くなり、自然とその週間へ意識が向くようになります。

 ただ、まだこの時点では脆い状態でして、ある程度は習慣化しているものの、ちょっとしたことで簡単に崩れてしまう状態です。

 ここで出てくるのが五月病ですね。

 4月はあらゆる組織でいろいろイベント事があって、入社・入学・人事異動、それに伴う引っ越しだのと、いろんな環境や習慣の変化があります。
 新しい事へのやる気と周りのバックアップでモチベーションを維持して3週間、ようやくその生活にも慣れてきたところで、ゴールデンウィークという長期休暇ですよ。

 ここでまた環境・習慣の変化。
 それまでに習慣化していた生活が一気に崩れ果てます。

 まあ、ほとんどの人はゴールデンウィーク明けに不快感を覚えても、まだ一ヶ月という以前の習慣の方が長いですから、踏ん張ってなんとか以前の生活に戻ることができます。
 ただ、3週間はあくまで最低期間であって個人差があります。

 この誤差が4月の生活を習慣化に至るまでにならないほどだったとき、五月病として心をやられます。

 4月というのはやっかいで、勤続数十年の人でも異動や人間関係の変化で必ず環境が変わりますから、社会人に成り立てでも、大ベテランでも、子供だってゴールデンウィーク明けは五月病になる可能性があります。

 はっきり言って、ゴールデンウィークを無くすか別の月へ動かすか、4月の入学・入社・人事異動といったイベントを無くすかしない限り、五月病はなくならないでしょうね。


 ダイエット失敗も同じ理由。
 痩せようと思って始めることと言えば、食事制限に運動ですよね。

 でも、考えてもみて下さい。
 今まで怠惰な生活をして来たから太ったわけです。
 それは食生活もそうですし、起きて寝るまで、果ては寝る時間までも怠惰だから太るわけです。

 食べる物を一つ減らすとか、運動はしないけどしたつもりで24時間の中にまずその時間を習慣化するとか、少しずつ慣らしていく必要があります。
 それなのに、いきなり食事内容をガラッと変える、本来テレビ観ながら馬鹿笑いしていた時間をなくして運動に当てる、あげく今までやっていなかったキツイ運動をする。

 そりゃ挫折するわ(笑)
 潜在意識が変化を嫌う以上、それをしなければ死んでしまうわけでもない限り、人は一度に何重苦も受け入れられるほど強くはないんですよ。


 不登校、ニート、引きこもり、これらも同じ理由。
 五月病に共通する部分がありますが、五月病も休暇中にせめて起きる時間、寝る時間だけでも変えなければ、それほど苦にはなりません。
 時間割が変わることが一番苦しいですから、始めと終わりが一緒なら、間のやることが変わるだけなので負担は軽いです。

 だから、不登校だニートだ引きこもりだ、果ては生活保護受給者だが社会に復帰するためには、まず時間割を社会に合わせることから始めないといけません。
 これをいきなり今まで昼まで寝ていたものを、朝早く起きて、行ってなかった学校や会社へ足を運び、さらに授業を受けたり仕事したりしようとするなんて何重苦を課せば、そりゃ挫折するというもの。

 不登校児に、まずは保健室で寝てて良いからとりあえず学校に来なさいと言ったり、担任が声をかけに言ったりするのは、学校という環境にまず慣れる必要があるから。
 すでに「休んで怠惰な生活を送ることが習慣化している状況」を変えるには、少しずつ慣らしていく必要があるんですね。

 高学歴ニートとかも同じでね、まあどんなに頭が良くてもしょせん顕在意識の上での話なんで、それらを「使わない生活が習慣化している状況」である以上、身につけた知識は猫に小判というやつです。



 冒頭で紹介した後輩の台詞というのが、この部分を凝縮したものになってるんですね。

 失恋し立ては、まだ人と過ごす習慣が抜けていないので、24時間の中に他人のことを考える時間割が残っています。
 そのうちに新しい相手を見つけておく必要があるということです。

 独りの時間を長く過ごすと、今度は独りでいることが習慣化され、24時間がすべて自分のために使う時間割になってしまいます。
 よく恋愛慣れしてない人が、付き合い始めても何をして良いか分からない場合が多いのは、24時間の中に人のために使う時間がないから。

 「独りの時間を長く設けない=学校に通わない・仕事を持たない時間を長く設けない」ということであり、まだ以前の習慣があるうちに、早く次を見つけなさいということですね。

 よくね、転職するのに仕事を辞めて、すぐに探さないで今まで忙しかったから数ヶ月休息を取るなんて言ってる人がいますが、あれはやめた方が良いです。
 休息を取る方が習慣化して、二度と激務になんて戻れなくなるか、下手すりゃ職を持つことすら抵抗が出て果ては生活保護受給者です。

 長期の生活保護受給者が、なんだかんだと言い分けばかりなのは、それが習慣化しているから。


だからといって自己否定はしないこと

 自分の怠惰な習慣を認めると、今度はそれを否定して自分を責める人が出てくるんだけど、上記の通り、潜在意識は変化を嫌うんだから、それを頭ごなしに否定して抑え付けようとしても無理なわけですよ。
 むしろ、強烈な不快感という抵抗を受けて、それでさらに自己嫌悪になり、もっと責めるという悪循環に陥ります。

 これが習慣化して自律神経とか身体機能に影響まで出たのが鬱病。

 とにかくね、頭ごなしに否定は駄目。
 潜在意識、潜在意識なんて他人事に言ってますが、結局はそれも自分なわけですよ。
 自分が味方しないで、誰が味方なの?ってことになりますよね?

 例えば、自分が道端にゴミを捨てたとしますよ。いけないことですね?
 でも、もしそれを見た人が頭ごなしに責め立ててきたらどうですか?
 「ああん?んだ、ゴルァァァッ!!」ってなりませんか?

 人って勝手なもので、自分がどんなに悪いことをしてると内心認めていても、全否定されるとなんとか抵抗しようとします。
 これは無条件降伏すると命の危険にさらされるかもしれないという防衛本能からです。
 ほのぼのとゴミを捨てていたのに、いきなり緊迫感に晒されることに対しての潜在意識からの抵抗ですね。

 それと同じで、とにかく頭ごなしの全否定はやめましょう。
 全否定って、結局は自分の弱い部分から目を背けることですから、何が足りないのか、どの習慣が悪影響を与えているかにも気づけなくなります。

 うんうん、習慣変えるなんて嫌だよね?
 でも、とりあえずこれを加えてみようか?減らしてみようか?
 こんな感じで子供をあやすように、甘やかすのが潜在意識をコントロールするためのコツです。

 真面目な人に鬱病が多いのは、これができないから。
 自分を必要以上に、頭ごなしに責めるから負の習慣化が始まるわけです。

 自分が自分を否定したら、あとは自我の崩壊しかありませんから、肩の力を抜いて思いっきり甘やかし、ほんの少しだけ誤魔化してやりましょう。





 さて、偉そうなこと書いてきましたが、まあほとんど受け売りだったりします(^_^;
 ワシ自身、まだまだコントロールできてませんしね。
 そんなことできてたら、ワシは今ごろ代成功者ですよ。

 うん、でもいきなり大成功者になっても、潜在意識が抵抗するから、このペースで良いんだよ、きっと。少しずつ、成功者になっていこうね、ワシ(笑)


 ↓はワシが読んだ潜在意識関連の本です。
  興味があるようなら読んでみてください。
  セミナーに誘うような終わり方してるものもありますが、本の内容だけで充分参考になると思いますよ。


    



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2013年04月29日 16:32

努力とは何なのか?

カテゴリ:妄想哲学

努力は必ず報われる?そうとも限らないと考える人が多数派に
http://shunkan-news.com/archives/6207

 ほとんど報われないでしょうね。
 なぜなら、ほとんどの人が努力が何なのかということすら理解していないからです。

 ビジネスの世界では「我慢や努力ばかり続けている人に成功者はいない」という言葉があります。

 そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、たいてい「成功するまで努力を続けるものだ」と言ってる人に限ってうだつの上がらない人生送ってることが多く、そこそこ成功しているのは努力のおかげと言うより周りの助けが大きかったと言うことに気づいていないです。同じ時間費やせば、誰でも到達できるレベルのところでいい気になっていたり。

 逆に成功者には「努力してきました」とあからさまにアピールする人は少ないです。
 なぜか?

 そもそも努力とは、必要な習慣を身につけるまでの過程を言います。
 例えば勉強をすると言ったって、それまで勉強の習慣がなかった人間が、いきなり毎日1時間勉強すると言っても続かないでしょう。

 これには潜在意識が関係していて、人の潜在意識は変化を嫌い、「今まで生き延びることができた習慣」を維持しようとします。
 例えそれが将来的に破滅をもたらす自堕落なものでも、今までの結果がすべてで、何が起こるか分からない道の世界へ足を踏み入れることを潜在意識は嫌います。

 ただし、少しずつ変化させていくことで、徐々に慣らしていき、その新しい習慣でも生きていけることを刷り込めば、次第に潜在意識も順応してくれます。

 この過程が「努力」

 少しずつとはいえ変化を嫌いますから、その過程に置いて潜在意識は「不快感」という形で抵抗します。
 これをなんとか我慢するなり誤魔化すなりして習慣化していくのが「努力」です。

 つまり、必要なことを習慣化できたとき、そこが努力の完了となります。
 一つ一つの努力をキチッと完了させているならば多くのことが身につき、成功者となれるでしょう。
 逆に終わりの見えない努力を続けている人は、一切報われないことになります。

 だから努力とは「続けるもの」ではなく、「積み重ねるもの」と言われているわけです。

 努力が完了したとき、その習慣をやらないことが逆に不快感と感じるでしょう。


 夢が叶うかどうかを判断するとき、自分の歳と今の習慣を考えてみると良いです。
 最低限、それに関わる道具に、毎日無意識のうちに触れているかどうか。

 絵を描く仕事に就きたい人なら、気づいたらノートの隅にでもラクガキしていたとかなら、まだ希望はあります。
 ただ、「よし、絵の練習をしよう!」と練習時間を確保しないとペンに触れることすらしないなら、諦めて別の道を探した方が良いです。

 そういえば、ギターやってる人が初心者に教えるとき、とりあえずまずは毎日ギターに触れることと言ってるのを聞いたことがあります。
 あれは「道具に触れる」という当たり前のことですら、入門者には習慣化されていないからでしょう。
 「私は頑張って呼吸しています」なんて言う人がいないように、それをしないと死んでしまうレベルのこともできていない状態。

 スポーツの世界では、どんなにすごい選手になっても基礎練習は欠かしません。
 それはその基礎の部分を呼吸するかのように自然にできている必要があるからです。
 例えば野球選手がバットを振るときに、どこそこの筋肉に何kgの力をかけて…なんて考えてたら、まともなバッティングなんてできません。

 以前、何かのCMで「イチロー選手はなぜ毎日同じ事を続けるだけで、すごい選手になれたのでしょう?」みたいなナレーションが流れていたことがありました。
 あれは考え方が逆で、毎日同じ事を続けられるからすごい選手になれたわけです。

 毎日何時に素振りを何本するなんて言ってるうちは下の下。
 その時間になったら身体が動いている状態にならないと駄目なわけです。そこまで持っていくのが努力。

 そういえば、イチロー選手って小学校の作文で、自分のことを「プロになる予定」があるかのように語って、そこから遊びを惜しんで素振りの習慣を始めたらしいですね。

 自己啓発本なんて読むと、成功した自分を想像することが大切と書かれていることが多いですが、あれは自分が成功したときにどういう習慣を身につけているのかを考える上で大切なのでしょう。
 「今の自分にできること」を考えるのは、それを考えた上での話です。

 成功者はすでにいくつもの努力を積み重ねていますから、彼らの最低限の習慣は、常人が今からものすごく頑張ったものより上をいくはずです。
 つまり、彼らのローギアが常人のハイギアより下になることはないと言うこと。

 そんな常人が自分にできることばかり考えていたのでは、そんなもの、すでに努力ですらなくなってしまいます。

 で、たいていの人はこんなエセ努力のせいで好転しない現状に不満を持ち、かつその不満を我慢することが努力なんて考えているわけですから、そりゃほとんど報われないでしょう。


 まあ、仕方が無いです。
 ほとんどの親や教師は、勉強しなさい、努力しなさいとは言いますが、肝心の勉強の仕方や努力の仕方は教えてくれないことが多いですから。

 せめて努力だけは、その意味をしっかり理解して、正しい方法へ誘導してあげてほしいものです。

 勉強できる奴に限って、ガリ勉というほど時間も取ってなければ人並みに遊んでいることも多い理由をワシが理解したのは、三十路に入ってからですね(笑)


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2012年11月26日 20:53

子どもを守るために叱るというパフォーマンス

カテゴリ:妄想哲学

 くわばたりえさんが数日前に書いたブログ記事が話題となってるようですね。
 レストランで走り回る子どもを叱るべきか、放置して食事を楽しむべきかという点が取り上げられていますが、まあくわばたさんが言いたかったのは周りの協力体制についてなんだと思います。

 それはそれで分かった上で、「外でなぜ叱らないといけないのか?」に焦点を当てて今回の記事を書いてみたいと思います。
 ワシはあくまで騒ぐ子どもを許容するのは、親がしっかりと躾けていることが前提だと考えています。


 外での叱り方は家の中とは違いますよ。

 外で叱るとき、たいてい無意識に家の時よりもきつめになることが多いようです。
 あれは早く問題解決しなければいけない焦りではなく、他の大人から守るためでもあります。

 例えばね、子どもが何か悪さしてたとしますよ。
 他人のガキなんて可愛くも何ともないですからね、周りの大人は思いっきり苛ついてるわけです。
 でも、そこで親が子どもをきつく叱ったらどうなるでしょう?
 不思議と周りの大人も「まあまあ、お母さん(^_^;」となるんですよ。

 一種のパフォーマンス。
 しっかり躾けてますから、この子を攻撃しないでねという意味も含まれているわけです。

 これを放置するなんてのはね、子どもを守ることを放棄したようなものです。
 いきなり子どもが蹴り飛ばされても文句は言えない。
 むしろ放置したと言うことは、親がわざと周りに嫌がらせするように指示したと捉える奴だっているかもしれない。そうなったら、子どもに制裁加えたその手で親にまで向かってきますよ。
 いや、本当にそういうのを見たことあるんですよね(^_^;

 そうさせないためにも親が自ら叱らないとダメなんです。
 子どもにしたって、初対面の大人に怒鳴りつけられるより、親から叱られた方がまだ信頼できるというもの。
 親に怒鳴られたとしてもそこには愛がありますが、他人のそれは怒りと憎悪しかありません。

 だから、家では叱らなくても、外では叱らないとダメ。
 つーか、家でしっかり叱ってりゃ、外でそこまで悪さはしないはずなんですけどね(^_^;

 「せっかく外食してるんだから…」は親としてじゃなくて、個人的な意見ですよね?
 んなもん、親としての義務を果たしてから言えやとしか言いようがないですよ。
 親としての話をしてるのに、そんなの正解でも何でもなく、詭弁にもならない単なる屁理屈に過ぎません。
 だったらガキなんざ連れて外出んなボケとなりますね。

 なんというか、何でも許容することが大物だと勘違いする人が、最近は多いような気がしますね(^_^;
 ダメなものはダメ。
 そういうメリハリもなくて大物気取っても馬鹿にしか見えません。



レストランで走り回る子どもは叱るべき?くわばたりえのブログに賛否
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121126-00000032-flix-movi




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2012年11月23日 14:35

妄想哲学「愛と栄養」(女性の扱い方)

カテゴリ:妄想哲学

舎弟「アニキ〜、俺、モテたいんスよ。どうしたら、いいッスかね?」

兄貴「あ?女なんて簡単だよ。甘い言葉ささやいてりゃ、とりあえず機嫌良いんだよ、あんなものは」

舎弟「ホントッスか?そういう口先だけでホントに機嫌良くなるんスか?不安だな〜」

兄貴「あほんだら!甘い物は別腹って言うだろうが!女は別腹を作るほどに甘い物が大好きなんだよ!!」

舎弟「!? あれってそういう意味だったんスか!?食べ物限定じゃなくて!!?」

兄貴「そうだよ!女は甘けりゃ何でも良いんだよ。だから、ヒモ男に騙されてる女が多いんじゃねえか!!」

舎弟「??」

兄貴「考えが”甘い”男だよ!」

舎弟「!? あれってそういう理由なんスか!!?」

兄貴「そうだよ!甘けりゃ食いモンだろうが男だろうが受け入れちまうのが別腹なんだよ!!」

舎弟「え〜、じゃあ、なんか真面目に恋愛するのが馬鹿馬鹿しくないッスか?だって、口先だけの甘い言葉だけ囁いてれば、女をつなぎ止めておくことできるんですよね?」

兄貴「このボケナス!舐めたことほざいてっと、鉄下駄履いて顔面蹴り砕くぞ、ゴルァァァッッ!!むかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)

舎弟「だ、だって口先だけのヒモ男になったら方が楽じゃないッスかぁ〜…あせあせ(飛び散る汗)

兄貴「あのな、別腹があるってことは本腹があるんだよ!甘いモンばっか食って、本腹が空だったら栄養失調でぶっ倒れちまうだろうがっっ!!」

舎弟「ええっ!?そういうもんなんすか!?本腹も満たさなきゃダメなんすか!!?」

兄貴「当たり前じゃボケ!だからヒモ男に引っかかった女は疲れた顔してんだろうが!!!」

舎弟「あ、あれって栄養失調だったんスか!?」

兄貴「そうだよ!甘いモンばっかりで、脂肪みたいに余計なしがらみばっかり増えて動けなくなるんだよ!」

舎弟「ええ〜…。本腹だけじゃダメなんスか?」

兄貴「あのな〜、お前、”夫も優しいし、子供もいて幸せなはずなのに満たされない”って悩む女の話聞いたことないか?」

舎弟「ああ、よく聞きますね」

兄貴「あれはな、本腹しか満たしてねえからなんだよ!別腹はグーグー言ってるのに、旦那が気づかず甘い刺激を与えねえから女房が満足できないんだよ!!そういう時に甘い言葉囁く男にコロッとなびいちまうもんなんだよ!!!」

舎弟「マ、マジッスか!?食後にデザートは必須ッスか!!?」

兄貴「だからそうだって言ってんだろ。スッス、スッスうるせえな、おい。」

舎弟「本腹も別腹もッスか…。なんか女って面倒臭いッスねぇ…」

兄貴「まあな、だが本腹も別腹も満たしてやるのが男の甲斐性ってもんよ。とりあえずは甘い言葉でコロッと振り向かせて、本腹は少しずつ満たしてやれば良い」

舎弟「でも俺、甘い言葉なんて分からないッスよ」

兄貴「よし、じゃあ俺が手本を見せてやる」

舎弟「おおっ、アニキさすがッス。よろしくッス!」




兄貴「…ティラミス(^_-)-☆」

舎弟「…いや、オチがそれじゃ誰も納得しないッス。しかもティラミスちょっと古いッス」

兄貴「…俺もモテたことないんだよなぁ…」


男と女で「愛してる」の捉え方は違う!?
http://zexy.net/contents/lovenews/article.php



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